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GoToトラベル使わにゃ損、損  

いくらコロナといえど、夏休みに1回ぐらいは旅行に連れていってやらなければ、子供がかわいそうである。

自分が子供の頃、家族で行く旅行というものがいかに楽しいものであったかを鮮明に覚えている僕としてはなおさらのことだ。

というわけで、8月の初めに近場での一泊旅行を計画していた。予約も済ませていた。

すると思いがけずGoToトラベルで35%も宿泊代が割引になるという話が飛び込んできた。さっそく調べてみたら、既に予約済のものに関しても適用されるとのこと。

速攻でネット手続きをしたのは言うまでもない(笑)。

約10分後には、35%割引のクーポンを手にしていた。やったぜ!!

おかげさまで、信じられないくらい安い料金で1泊旅行ができることになった。


それにしても政府も大変だなと思う。

「ただの風邪とあまり変わらないから、皆さん、注意しながら夏の旅行、バカンスを楽しんでくださいね」とだけ言えばいいものを、最初からマスコミぐるみで煽りに煽ったものだから、今さら引っ込みがつかなくなってしまった。

マスコミはいまだに感染者増を宣伝して煽っているが、死者はどんどん減っている。重症者も少ない。

ずっと前から言っているが、これで職を失くされた方々、飲食店、観光業等々の方々はほんとうにお気の毒だと思う。

外国は別にして、ほんとうに日本はなんともなかったのである。重症者も、死者も例年のインフルエンザよりも圧倒的に少なかった。

だが、もういいのである(笑)。僕が尊敬する武田邦彦先生がおっしゃる通り、「事実には目をそむけず。だが、心を痛めず、楽しく生きる」のである。

GoToトラベル、使わにゃ損、損!!

まだまだ間に合う。皆さん楽しい夏休みをお過ごしくださいませ。

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category: 日々の雑感

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家庭教師  

ひょんなことから、中1の息子と同級生の友だちに英語を教えることになった。それが今年の3月だった。

それからご存知の通り、全国一斉休校となり、一学期がほぼ失われた。

その間に僕は彼と自分の息子の2人に英語を教え続けた。そして、7月までに教科書の3分の2を終えていた。


その後、結局学校では通常の試験は行なわれず、夏休み前に一度だけテストが行われることになった。

英語テストの結果は、息子、友人共に98点だった。

僕自身はそれぐらいは取れて当たり前と思っていたが、彼らにとっては大きな自信になったようである。特に英語は最初でつまづくと、あとが大変だからスタートダッシュは成功といったところだろう。

ちなみに9月からは中2の教科書に入る予定だ。


昔から教えることには自信があったが、50才を過ぎて家庭教師をやるとはなかなかに刺激的である。

性格も学力も違う2人をどこまでサポートできるのか、自分でも今後が楽しみに感じている。

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category: 仕事

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君こそ我が生きがい  

いよいよ学校も本格的に再開し、親子共々忙しい日々が始まった。

約2か月近くも楽な仕事をさせてもらっていた僕も、その反動はなかなかのもので、体調管理が大変である(笑)。


しかし、うちの中1の息子はタフだ。

学校が終われば、週5日はサッカーのクラブチームでのキツイ練習に耐え、残りの2日も学校のサッカークラブに参加。その合間を縫って学校の宿題とゲームにいそしむ毎日である(笑)。
体力的には相当にキツイはずなのだが、彼はいつもニコニコと朗らかで、すべてを楽々とこなしているように見える。
持って生まれた体質の強さもあるのだろうが、毎日いやいや部活に出ていた僕とは大違い(笑)。ほんとうに羨ましいかぎりだ。

我が子ながらたいしたものだと思う。
中1ながら身長も、もうすぐ170cmに届く勢いだ。顔つきもだいぶ男らしくなってきた。

しかし、そんな見た目とは裏腹に、家にいるときの彼はまだまだ僕にとってはかわいいチビちゃんなのである(笑)。
今でも平気で僕の布団にもぐり込んでくるし、僕が一人でいるのを見つけると、いつも恥ずかしい素振りも見せずすり寄ってくる。
まあかわいいもんである。
どうせこんなことをしてくれるのも、あと1、2年がいいところだろうから、僕も嬉しさ半分でそんな彼を受け入れている。

ほんとうに絵にかいたようなパパっ子なのだ、彼は・・・。(そういえば乳離れも早かったな)

そして、手に障害を持っているというのに、彼の性格ときたら、ほんとうに底抜けに明るい。
なにしろ、どんなに怒られようが、時には僕にぶたれようが、彼はいつも笑って僕に向かってくるのである。まったくめげない、落ち込まない。いやあ、この子はたいしたものだ。
人間怒られても笑って向かってこられると、自分が怒っていること自体がバカらしくなってしまうものだ。

結局勝利者は常に彼なのだった。

幼い頃から、ずっとずっと彼は我が家を明るく照らしてくれた。

思春期を迎えたらきっと暗い日もあるだろうと思っていたのだが、今のところそんな気配はまったくない。

そして、今や彼は僕にとって最大の生きがいなのであった。

改めて言おう、生まれてきてくれてありがとうと・・・。

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category: 子育て

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ついに来た!ダウンタウンの後継者  

ダウンタウンと同い年の管理人です(笑)

長い間お笑い界のトップに君臨してきたダウンタウンだが、ついに彼らの後継者が現れたと感じている。

それは岡山県出身のお笑いコンビ、千鳥である。

彼らもすでに40才と若手ではないが、『相席食堂』『いろはに千鳥』などの番組を観ていると、彼らが遅咲きの大輪を咲かせつつあることがわかる。

なにしろ時と、場所と、設定、相手等を選ばない圧倒的ともいえるトーク力(りょく)、毒はあるがけっして相手を傷付けない優しさ。それが彼らの絶対的な強みである。

特に『いろはに千鳥』では、毎回最低限の機材、スタッフで、主に埼玉県内においてストリートロケを敢行。ごく普通の一般人を相手に毎回番組を成立させてしまう。

誰にでもわかる低予算番組なのに、いつの間にか彼らの笑いに巻き込まれ、ついつい最後まで観てしまう。

このある種強引ともいえる力技に僕は思わずうなってしまうのである。

すごい人たちが現れたものだと思う。

遅すぎたともいえるが、とにかくダウンタウンもそろそろ世代交代だ。これからはしばらく千鳥の時代が続くだろう。

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category: お笑い

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一般人が起こす奇跡  

転職を繰り返し、いろいろな職場で仕事をしてきた結果、最近になって気づいたことがある。

それは、一般人も仕事場においては、ほとんど奇跡にも近いようなことを日常的に行っている、ということである。

もっと正確にいえば、それは仕事で経験を積み、熟練度が上がった結果、奇跡のように「見える」ようになるということだ。


僕は実際そのような状況を何度も見てきた。

事実、誰でも同じ職場で3年以上も同じ仕事をやり続ければ、それは同じ現場の新人たちにとってはあたかも奇跡を行っているように見えるのである。

新人たちにとっては、同じ職場の熟練者がこんなにも難しく、複雑な仕事をいとも簡単にやりこなし、それでも涼しい顔をしているのかが理解できないものだ。
それくらい、毎日同じ仕事をやり続けるということはすごいことなのだ。

だが、若い頃の僕はその事実が理解できなかった。
仕事なんてどれも同じようなもので、能力さえあればすぐに先輩たちに追いつけるものだと思っていたのである。
そして、ある意味そのような「うぬぼれ」ゆえに、僕は少しでも気に入らないことがあると、または毎日同じ仕事の繰り返しに飽き飽きすると、簡単に仕事を辞めては転職を繰り返してきたのである。

その結果、40代を過ぎて、自分の能力の限界に気付き出してからというもの、職場の熟練者たちが起こす奇跡をイヤというほど見せつけられ、味わってきた。
そして、そこで味わってきたものは、ある意味人生の敗北感でもあった。
仕事で優位に立てないということは、すなわち人生においても負け組なのであった。

特別な天才を除いては、人間の能力の違いなどたかが知れたものである。
それよりも、同じ職場で毎日コツコツと愚直なまでに真摯に、そして真面目に仕事を続けることのほうが、人はより「奇跡」に近づけると思う今日この頃なのである。

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category: 仕事

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ある賢者の言葉  

現代日本のマスコミは愚かである。なぜなら、マスコミは自身の利益のためならば、どんなウソも平気でつくからだ。たとえ、それが国民の命にかかわるようなことであったとしても・・・。

だから、僕たちは愚かなマスコミではなく、賢者の言葉に耳を傾けなくてはならない。なぜなら、賢者は自身の利益のためではなく、いついかなるときも、常に「真実」「真理」に最高の価値を置くからだ。けっしてウソのために魂を売り渡さないからだ。

ここにまた一つ、僕は賢者の言葉を見つけた。
以下はYouTube動画からの引用です。引用元のリンクは文末に表示されています。

「相変わらず、(コロナの感染者が)200人を超えたとか、くだらないイカサマコロナについては、朝から晩までテレビニュース、新聞ニュースは馬鹿な報道をしておるが、私は死者を出せと言っておるのだ。毎日ガンで死ぬ人が1000人おります。インフルエンザで死ぬ人も、だいたい100人近くおります。

コロナで死ぬ人は、毎日数人しかおりません。

だから200人が陽性になった、陰性になったという色分けをしよるわけです。陽性になった人の10分の1が発症するかといえば、50分の1ぐらいしか発症しない。自覚症状もない。そして、その菌はすぐに消えてゆくわけだ。そして、発症して、死ぬ人は100分の1ですから、まったくこんなものは騒ぎ立てするほどの恐ろしい感染病ではないということ・・・日本では。

まあ、あとの統計は偽装された統計をバンバン出してるから、何がほんとで、何が真実かはわからないんだ、これは・・・。メディアが作り上げている恐ろしい、恐ろしいという恐怖心を煽っているだけであって、中身は「なんだと、騒ぎの割には死者がおらんじゃないか」と・・・。

だから、死者も真実の死者なのかわからない。死んだのはコロナのせいだと言っているけれども、もともと死にかけてた人が、身体が弱って、まあ弱ったところに感染菌というのは来るものだから、かかりやすいから、最後のとどめはコロナであった場合もあるだろうけど、もともと死にかけてた人が、コロナが来て死んだと。まったくコロナで死んでないのにコロナにかぶせている場合もあるだろう。

だからイカサマだと私は言うわけ。死者で、これは全部比べてください。200人が陽性だとか、陰性だとかいう問題ではない。PCRが、検査件数が増えたから陽性が増えるわけであって・・・。だから、1万人に検査すれば、それは陽性は何百人と出るでしょう。10万人検査すれば、何千人と出るでしょう。だから、発症するのがそのうちの100分の1であり、死者がそのうちの100分の1であれば、1万人に1人か、10万人に1人が死ぬだけであって、ガンでは毎日千人死んでいるということを厚生労働省は知っているはず。

続きは以下のリンクからご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=20qDkAg0pHw&t=246s

category: 賢者のことば

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怒らなくなったなぁ~  

年の功とはよく言ったもので、僕もとうの昔に50の坂を過ぎ、60の声を聞こうかという今になって自分の中のいろいろな変化に気付くようになった。

その中の一つは、「何事にも怒らなくなった」ということである。

僕は若い頃から気が短くて、いろいろと損をしてきたな・・・と思う。

なぜなら、あとで思い返すと、「怒らなければよかったな」と思う場合がほとんどだったからである。

もちろん、時には「あの時我慢せずに怒ってよかった」と思えることもあるにはあるのだが、そんなことは本当に稀で、十中八九は怒らないでその場をやり過ごしたほうがよかった、というのが自分の経験から言えることなのである。「短気は損気」とはよく言ったものだ。


そんな僕も今や本気で怒るというようなことはほとんどなくなった。自分でもほんとに気が長くなったよな~と思う。

またそれ以外に、物事に対する考え方が変わったということも影響していると思う。

それは、「何事によらず、過度に期待するということをやめた」ということが関係しているのではないかと思う。

特に、男女関係、夫婦関係で争いやケンカが多い人は、相手に期待することが多すぎはしないかを考えてみてはどうかと思う。なぜなら、うちはそもそも夫婦ゲンカというものが起こらないからだ。

たとえば、よくできた奥さんがある日夕食を作らずに外出していたとする。あなたは家に帰ると、家の中に誰もいないことに気付く。そして、いつもはできているはずの夕食が何も用意されていないことに気付く・・・。まあ、同じ男の立場としては、ほとんどの男は激怒するだろうと思う。

だが、その怒りは、そもそも奥さんに対して毎日夕食を作ってもらえることを予め期待しているから起こることである。しかし、よく考えてみれば、奥さんが夫に夕食を作る義務などはそもそも存在していないのである。それはあくまでも人間社会において「慣例的に」行われていることであって、絶対にそうしなければいけない、というようなものではない。

だから、僕の場合、もし家に帰って何も食べるものが用意されていなかったら、まず「今日はよほど忙しかったのかな」「きっと何か理由があるのだろう」と思い、次に「さあ、では自分の好きなものを食べようか」とワクワクする(笑)。つまり、僕にとってはそこに何も怒るような理由はないわけだ。

その上、僕は一人前の大人なのだから、いちおうなんでもやろうと思えば自分でできると思っている。だから、何事によらず、嫁にやってもらっていることは「ただ一時的に僕の代わりにやってもらっているだけ」で、それは絶対的なものではないのである。

だが、以前はほんの些細なこと、たとえばワイシャツにアイロンがかかっていない・・・というような事にも本気で怒っていたのである(笑)。今は、「別に自分でやればいいじゃん」と自分に言い聞かせて涼しい顔だ(笑)。

少しは参考になったでしょうか?(笑)

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category: 日々の雑感

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平凡な日常に感謝  

緊急事態宣言も解除され、平凡な日常が戻ってきた。

今こうして思うのは、何ということのない普通の生活、ありきたりの日常というものがいかにありがたいものであるかということだ。

毎日家に子供がいるのは嬉しかったが、やはりそれは望ましいことではなかった。子供は学校に行き、友だちとワイワイ騒ぎ、外で思い切り身体を動かすというのが本来の自然な姿だ。

僕たち大人も、たとえ自分にとってはイヤな仕事であっても、毎日休まずに一生懸命働くからこそ休日が輝くのであって、仕事のない休日など長い目でみればけっして自分のためにはならないし、自分のためによくない。そして、自分のためによくないことは家族のためによくないことであり、そうして突き詰めてゆけばそれは結局日本のためにならないのである。

僕も、ひさしぶりに忙しい日々が戻ってきたことで、まだ身体が慣れないし、予想以上に疲れを感じてはいるのだが、もう不平不満を言う気持ちは失せている。ただ働けることだけでありがたい。仕事に行ける身体であることだけでありがたいと思う今日この頃なのである。

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category: 日々の雑感

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結果オーライ  

6月25日は何も大きな事件は起こらず、予言は外れた形となった。もう3日以上が経過したから、多少の誤差を割り引いても完全に外れたといっていいだろう。

まあ外れたのは結構なことで、個人的にはホッとしているというのが正直なところである。そんな簡単にピンポイントで当たった日にはたまったものではない。結果オーライということだ。

なぜなら予言が正確に当たるということは、「運命は予め確定している」ということになるからだ。そうなってしまえば、つまるところ自分とはただ予め決められた運命に沿って生きているだけの「あやつり人形」に過ぎなくなってしまう。

だから逆に言えば、そうならないためにも予言は外れ続ける必要があるのだ。まあ、今回はその一例である。


ところで結果オーライといえば、コロナウィルスである。

僕は当初から自粛不要論者で、コロナは「ただの風邪の一種」でまったく気にする必要がない、という立場をとってきたが、結果的に起こったことは、「給付金の発生(我が家は40万円)」であり、「休みが増えたこと」であり、「ソーシャルディスタンス」であり、「日常的なマスクの着用」などであった。

有難いことに我が家は仕事面での収入減がほとんどなかったために、僕からすれば完全に結果オーライなことばかり、という状況になってしまった。これは僕自身まったく予期せぬことであった。

まずは給付金による臨時収入で、我が家の家計はずいぶんと楽になった。そして、休みが多かったおかげで僕は日頃たまっていた疲れを完全に癒すことができた。また、子供とのコミュニケーションが増え、関係性もさらによくなった。
社会で人との距離を空けるいわゆるソーシャルディスタンスは個人的には大歓迎である。飲食店では隣の席との間隔が広がり、ゆったりとした気持ちでくつろぐことができるようになった。また、列に並ぶときも僕が苦手な汗臭い人や、化粧臭い人、香水臭い人たちのことをあまり気にしなくてもよくなった。
さらに僕は接客業をしているが、マスクで顔が見えないために純粋に対応力だけで判断されるようになった(僕とってはプラスだが、今までルックスで得をしていた人にはマイナスのようだ、笑)。
さらにもっと個人的な話をすれば、自分の家族以外の人間とはあまり交流を望まない僕のような内向的な人間にとっては、コロナ後の社会のほうがより自分にとっては「生きやすい」社会のように感じるのである(笑)。

もちろん社会の変革はまだ始まったばかりで、今後またどのように変わってゆくのかは未知数である。だが、それでも僕個人にとってはけっして悪くない動きというのが今現在の正直な気持ちなのである。

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category: オカルト

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6月25日に起こること  

6月25日に世界を揺るがすような大事件が起こるという予言がある。

特に政治の分野における事件となる可能性が高いという。

昨今の不安定な世界情勢を見ていると何があっても不思議ではない印象はあるものの、正確な日付を指定しての予言というのはそうそうあるものではないので、後日の検証のために本ブログに記録しておこう。

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category: オカルト

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ゲームも使いよう  

やっと長かった休校措置が解けて、実はホッとしている親御さんたちも多いのではないだろうか。

この僕も、毎日家に帰ったら子供がいることの嬉しさ半分、四六時中構いに来られるのでウザったい、というのが半分、というのが正直なところであった(笑)。やっぱり人間何事もほどほどというのが一番よいのだ。

コロナのおかげで夫婦ゲンカが増えたという話も聞くが、これももっともな話であって別に驚くほどのことでもない。夫婦の間の距離感もやはりほどほどがよいのである。


さて、休校期間中、毎日自宅でゴロゴロしている子供たちがゲームばかりしているので困ってしまったという親御さんたちも、きっと多かったのではないかと想像している。

だが、我が家では逆にゲームがあってくれて本当にありがたかったと思うことのほうが多かったのである。

なぜなら、まず第一に子供が毎日退屈せずに済んだし、家の中におとなしく居てくれるおかげで親としてはとても安心することができたからだ。なにしろ子供たちのエネルギーといったらすごいものがある。僕たちの子供時代だったら、きっと外で遊ぶ子供たちが続出して、ケンカ、非行、交通事故等々、きっとたくさんの問題を引き起こしたであろう。

それはつまり「ゲームが常に子供たちの子守をしてくれた」という側面もあったということである。まずはこのプラス面の大きさを見過ごしてはならないと思う。少なくともゲームを全面的に禁止にしたり、ゲームがあたかも害悪であるかのような印象を子供たちの頭に植え付つけるのは個人的にはよろしくないと思っている。

そして、僕にとってありがたかったのは、そのゲームこそが実は最強のお子様管理ツールであったということである。

なにしろ、大好きなゲームをやるためなら、子供たちはどんな事でもやるのである(笑)。


任天堂スイッチの「見守りスイッチ」という管理用アプリ。これがすばらしい。15分単位で自分のスマホから子供の遊び時間を自由に設定できるのだ。

通常、僕はこの遊び時間を毎日0分に設定しておく。そして、毎朝息子に勉強などの課題を与え、「終わったらゲーム時間延ばしてあげるからね」とやさしく言ってのけるのだ(笑)。

ただ「勉強しなさい」だとなかなか動こうとしない我が家の息子も、ゲームができるとなると早い早い(笑)。そんなわけで、休校中の宿題などもあっという間に終わってしまった。

これは子供に褒美としてゲーム時間を与える場合。

もう一つはゲームを罰に利用することもできる。

たとえば約束を守らなかった場合、ウソをついた場合、何か悪い事をした場合には、単純に「じゃあ、今日は1日ゲーム時間ゼロね」と言うだけでよい。というのも、息子にとってそれ以上の罰はないからだ(笑)。

もしも、僕の言葉に反抗しようものなら、「じゃあ2日間ゲームなし」。さらに文句を言い続ければ、3日間、1週間と自動的に延びてゆくのが我が家のシステムである(笑)。

その代わり、親も驚くような立派な行動をすれば、「えらいね、今日は1日無制限~」なんてこともある(笑)

この単純明快なシステムのおかげで、僕たち親子の関係は極めて良好で、休校期間中も僕が子供に声を荒げるようなこともほとんどなかった。要はゲームも使いようなのである。

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category: 子育て

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出勤の道すがら訪れた幸福感  

長い間生きてきたが、こんな事は生まれて初めてだった。

先日、僕は夜勤なので、夜最寄りの駅まで一人トボトボと歩いていた。

すると、僕は突然、周りの景色がいつもとは違って見えていることに気が付いたのだった。

それは突然目を覚ましたといってもいいほどの感覚であった。

暗い夜道、周りには僕以外誰一人いない・・・。

だが、駅へ向かう夜道は、街灯に照らされていて、けっして真っ暗ではない。

そんな状況の中で、僕はあまりにも唐突に、美しく整備された道や、遠くにこんもりと見える木々や、明かりが灯っている駅や、踏切などを「初めて見た」のである。

そして、僕はこんな夜道でも、完全に安心して歩くことのできる僕たちの国、この日本をほんとうにすばらしい国だと、ほんとうに心の底から思ったのだった。


そうして、改めて周囲を見回すと、何もかもがほとんど初めて見るかのように新鮮であり、美しいのだった。

僕は初めてこの駅がこんなにもキレイで、カワイイ駅であることを知った(笑)。信じられないことだが、もう10年近くも住んでいるのに、今日初めて僕はこの駅を見たのだった。

それから、しばらくその状態が続いた。

いつも乗り慣れている電車も、そのとき一緒に電車に乗っていた人々も、また降車駅の風景も、そして自分の職場の周囲の建物に至るまで、見るものすべてが新しく感じた。

なんと、僕は丸2年間も、自分の職場のとなりにどんな建物が立っているのかさえも知らなかったのだった。


そして、僕はいままでなんと「近視眼的な」人生を歩んでいたのだろうかと驚嘆した。

僕は周りをまったく見ていなかったのだ。

それはまるで、自分が常に周囲1メートルの範囲だけしか見ていないかのようであった。

僕は心の中で一人腹をかかえて笑っていた。

こんなことに気付くのに50年以上もかかったのかと(笑)。


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category: 日々の雑感

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さんざん煽って、おどかして、感染したら犯罪者扱い  

もうコロナ対応批判の記事は書くまいと思っていたが、今日は我慢できなくなったので少し抑えて書きます(笑)。

今朝テレビを観ていたら、プロ野球の選手2名がコロナに感染した、と長々と時間をかけて報道していた。

はぁ?だから?

だけど、その報道の内容を観ていたら、あたかもその選手2名を犯罪者でもあるかのように、まるで彼らが悪い事でもしたかのように報道していたのである。

もちろん野球選手に罪はない。感染したのは誰が悪いわけでもない。

だが、僕がそこに見たものは、またしても陰湿な日本人の集団いじめ根性だった。

そして、プロ野球機構側の発表がまた・・・。彼らは「微陽性」でしたと、だから野球はこのまま開催しますと・・・。これには大爆笑した。

は?なに?微陽性?じゃ、最初から陽性と、微陽性を分けて発表してくれよ!!勝手に後からカテゴリー増やすなっちゅーの!(笑)ちなみに、これは専門家による説明だったそうです・・・。

ということは・・・ひょっとしたら、今までの感染者の大半は微陽性だったかもしれないじゃないか。だとしたら、緊急事態宣言の発令自体がまったく意味のないものであった可能性さえある。

東京アラートもクソである。みんな生きることに必死なんだよ、小池さん。


さて、僕が住む地域でも、今とてもヤバい噂が流れてきている。

ある感染した家族が、集団いじめに遭い、アパートに住んでいられなくなった。彼らは引っ越しを余儀なくされた。そして、その後彼らはコロナが原因ではなく、自ら命を絶ったというのだ・・・。

これは噂だから、僕はその真偽については確証がない。しかし、今の日本ならそれもあり得ないことではないと思った。なぜなら、ただ感染しただけで、まるで犯罪でも犯したかのような態度を大半の日本人が取っているからだ。

そして、そのようにさせた責任の半分はマスコミや政府の過剰な対応にある。その罪は重い。

僕自身は、もしコロナに感染しても絶対に誰にも言わないだろう。なぜなら、自分がウィルスにではなく、自分が住むこの社会に、街に殺されてしまうからだ。職を失い、友人を失い、生きてゆくすべを失うだろうからだ。

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初めてのスマホ  

息子の中学1年の入学祝いに何を買ってやろうかと考えて、すぐに答えが出た。スマートフォンである。

実は少し早い気もしたのだが、息子はサッカーのクラブチームに入っているので、遅かれ早かれ連絡手段として携帯は必要になる。となれば、このタイミングにということでスマホを買い与えることに相成ったというわけである。


さて、息子用のスマホを購入するに当たっては2つ問題があった。一つは金額の問題。最初からあまり高い機種は買ってやれないし、買う余裕もない。そして、もう一つは閲覧するサイトや、使用するアプリなど、ある程度親が管理したいということである。

まず金額については現在利用中のjcomが提供する月額980円プランで決まり。実際に送られてきたスマホもサムソン製(Galaxy)の十分立派なもの。1台目としては十分である。

次に利用の管理だが、こちらも少し調べたところGoogleでリモート管理ツールが無料で利用できることがわかった。実際に使ってみると、使い勝手もかなり良い。アプリのインストール制限、サイトの閲覧制限、個別のアプリごとに1日の利用上限時間を設定できるなど、とても優れたアプリである。宿題をやらなかった時などは、「アプリの時間ゼロにするぞ!」などと脅かすと効果てきめんだ(笑)。

それにしても、中1で小型コンピュータが手に入る時代になったのだから恐れ入る。僕たちの時代にはとても考えつかなかったことだ。ちなみに僕の中学の入学祝いは腕時計だった。

さらに驚くのは、息子がいとも簡単にスマホの使い方をマスターしてしまったことだ。もちろん誰にも教わらずに、勝手に自分で操作しながら覚えたのだが、初めからLineのセンス溢れるメッセージが送られてきたときにはお父さん思わず焦ってしまったぜ(笑)。デジタル時代の子供たちには大人がどんなにがんばったところで勝ち目はないと改めて降参した次第。

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学校始まる  

中一の息子が通っている中学校が、6月1日から開始となった。

といっても、当分の間はクラスを午前組と午後組の2つに分けてローテーションするという少人数制の半日通学である。したがって授業も1日わずか3時間だ。

自粛が解除されたからといって、いきなり毎日6時間授業では子供たちも大変だろうから、このやり方はまずまずよいのではないかと個人的には思っている。

それにしても、政治家たちは子供たちの命を守るために仕方がなかったと言うであろうが、彼らの貴重な青春の時間を奪ったことだけはたしかである。子供にとっての2か月とは、それこそ大人の何倍もの価値、重さを持つ。

だが、一人の父親としての視点から見たならば、僕にとってこの2か月間は予期せぬすばらしい贈り物になった。もちろん、息子と2人だけの時間を長く持つことができたからだ。

息子に英語を教え、宿題を教え、一緒にゲームをやり、毎日公園に出かけて彼のサッカー練習の相手になった。今までになかったくらいたくさん話もした(といっても、僕が彼の話を聞くことがほとんどだったけど、笑)。

あまりにも息子と長く居すぎたものだから、最近では、彼を僕の部屋から追い払うのに苦労するほどだった(笑)。だから、2か月という時間はちょうどよかったといえるのかもしれない。

ともかくこの2か月間で、僕と息子は親子として本来あるべき距離感を取り戻し、ほんとうの意味で何でも話し合える親子になれたような気がしている。

こんな事があったから初めて気が付けたのだが、普通は親も子供も、ただ自分の周りで起こる出来事に対応するだけで忙しすぎて、一緒に過ごす時間というのは意外なほど少ないのではないだろうか。

それがコロナ騒動のおかげで、僕は心身共にゆっくりと休養を取り、普段はできない家のかたづけをしたり、ちょっぴり家事の手伝いなどもすることができた。家族と過ごす時間が増えた。音楽もたくさん聴き、本もたくさん読んだ。ほんとうに充実した楽しい毎日だった!

これからまた忙しい日常が戻ってくるだろうが、もう準備はオーケーだ!

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category: 子育て

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アーシング実験中  

靴を脱いで、直接大地と繋がる健康法を「アーシング(Earthing)」という。

日本ではまだまだ知名度が低いのだが、実はこれ、無料でできる世界最強の健康法であり、社会システムを根底からひっくり返してしまうほどのパワーを秘めていると個人的には感得している。ただ、なかなか実践する勇気と機会に恵まれなかったのである。

ところが、昨今のコロナ騒動で息子を運動させるために外に出る機会が増えた。もちろんこのチャンスを逃す手はない、ということで、息子を公園や広場で運動させている間じゅう、僕は靴を脱いで裸足で芝生や土の上に立ってみることにしたのである。

やる事といえば、ただ裸足で大地の上に立つことだけ。ただ、それだけだ。

あとの仕事は地球にお任せといったところ(笑)。僕は上半身をリラックスさせて、ゆる~く身体を揺らしたり、手を伸ばしたり、回したりするだけ。だが、それだけでとても気持ちがよい。無理に運動する必要もない。

その間に僕の身体の中に溜まった余分な電気は自然と地球に流れ出してゆく。そして、地球からは僕の身体に必要なエネルギーが流れ込んでくる・・・。簡単にいえばそんなイメージである。

以下、アーシングの簡単な説明動画をご覧ください。




人間が靴を発明した瞬間に、人類は大地との繋がりを失い、その結果多くの現代病を作り出してしまった。逆にいえば、大地との繋がりを取り戻せば、すべての病気はただ簡単に霧散する可能性がある。多くの野生動物がそうであるように・・・。なぜ室内で飼い慣らされたペットたちが病気になるのか・・・その秘密の答えもおそらくここにあると思われる。

さて、アーシングを実際にやってみた感想だが、ひと言でいうと、自分の身体の中にあるさまざまな歪み、ゆがみを直そうと今体内で無数の化学反応が起こっているような感じがしている。まだたった3日ほどなのだが、毎日強烈な眠気が襲ってきて今までにないほどの深い眠りも経験している。

さらに驚くべきことは、たった3日間で1年以上苦しんでいた腰痛が和らいできたこと。アーシングには「体内の炎症を抑える」という効果もあるというからそれも当たり前か・・・なんて。それにしてもすごいパワーである。

これから季節もどんどんよくなっていくから、この機会になんとかアーシングを日常の習慣にしてみたいと思っている。ひょっとしたら、オレ変わるかも??アーシングを教えてくれたエハン・デラヴィさんにも感謝だ。

アーシング・ジャパンのホームページ

不調を癒す《地球大地の未解明》パワー アーシング すべての人が知っておくべき重大な医学的真実!

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風邪引きのメカニズムとこれからの対策 永久保存版  

新型コロナがひとまず収束した。ここで気を抜かないのはもちろんだが、新型コロナとは何だったのか?そして、家族や子供たちを守るために私たちはは何をすればいいのか?それらについて、武田邦彦先生がユーチューブの番組で非常に詳しく、そしてわかりやすく説明をされているので読者の皆さまと共有します。

特に冒頭の「風邪引きのメカニズム」、つまり、どうしたら人間は風邪を引くのか?そして、私たちの身体はそれに対してどのような防御態勢をしいているのか?これだけでもぜひご覧ください。自分と家族を守るための一生の財産となります。

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category: 身体と健康

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水シャワー再開  

昨年10月末でストップしていた水シャワーをやっとのことで再開した。と、言ってもまだ35度だから、ほんとの意味での水シャワーではないが(笑)。

しかし、たとえ35度でもシャワーから出たあとの爽快感がまったく違う。40度から35度へ。たったこれだけでほんとうに天と地の差がある。我ながらこれには正直驚いてしまった。こんなことなら、もっと早く35度にしておけばよかったと少しだけ後悔・・・。

人間とは弱い生き物である。真冬に熱いシャワーを選択してしまうのは仕方がないとしても、これは人間がいかに安楽な環境から抜け出すことが難しいかを示すよい見本だと思ったしだい。

さて、問題は、いつ35度を真水に切り替えることができるかだが、いちおうキリのいいところで6月からトライしてみたいと思っている。そのほうが身体にいいのは間違いないのだから。それにガス代もね(笑)。

ふとしたきっかけで去年から始めた水シャワー。今年も継続することで、また見えてくるものがあるだろう。

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息子とお泊り(2)  

この一週間「パパとお泊り行くんだ~♪」「うれしいな~♪」と何度も何度も聞かされ続けてきたが(笑)、ついにその日がやってきた。

父子2人、初のお泊り旅。
しかし、行き先は車で約20分ほどのビジネスホテル(温泉付き)である(笑)。

当然息子は朝からテンション上がりっぱなしで、道中クルマの中でもずっと喋りっぱなしという状態(笑)。大人からみればどうってことのないホテル泊りも、子供からすればどうやら一大イベントであったらしい。しかし、まさかここまで喜ぶとは・・・。息子もきっと子供ながらに、知らぬまにストレスが溜まってたんだろうな、とここは改めて反省。


さて、息子にはなるべく長く楽しませてやろうと、途中のコンビニで夕食と夜食を買い込み、午後3時と同時にチェックイン。部屋に着いたら、休む間もなく大浴場に直行だ~。

予想通り大浴場には誰もいない。2人だけの貸し切り状態でまずはゆっくりと汗を流す。とにかく息子はずっと機嫌がいい。

お風呂から出たら、さあゲーム大会の始まりだ(笑)。

息子はさっそく任天堂スイッチでゲームを始める。家ではいつも母親の顔色を気にしながらだが、今日は何時間やってもかまわない、ということになっているので、さらに彼のテンションは上がる。

僕はとりあえずアマゾンミュージックで音楽を聴き始める・・・。せっかくホテルに泊まりに来てもやることは家と同じ(笑)。他人には干渉せず思い思いの時間を過ごす。そう、これが男の世界なのだ。

結局息子は1時すぎまでゲームを楽しんでいた。

それでも朝は5時に起きて、大浴場で朝風呂(また貸し切り状態)。その後、ホテルのレストランで朝食を食べた。ホテルはガラガラかと思っていたが、けっこうビジネス客は泊まっていた。ただし、子供は1人も見かけなかったけど。

こうして僕たちの「初めての親子旅」は大成功に終わった。息子によれば、「これでパパとの絆が深まった」のだそうだ(笑)。別に遠くには行かなくても、高いホテルでなくても、十分に楽しい時間は過ごせるものである。好評だったので、近いうちにまた第二弾を企画したいと思う(笑)。

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保江邦夫さん  

科学的マインドを持つ人がオカルトについて語るとき、そこには一般の人が語るよりもはるかに現実的で、説得力のある真理のきらめきを感じるものだ。

新型コロナのおかげで、僕は数年ぶりに本をじっくり読むという幸運に恵まれ、ほぼ2、3日に1冊というペースで読書をこなしている。

そんな中、ある意味オカルト的な分野でとても面白い著者を見つけたので紹介しておこう。

保江邦夫(ヤスエクニオ)さんである。


実は彼については、月間ムーのYouTube版に出演しておられたので、顔と名前については以前から見知ってはいた。

ただ、わざわざ著書を買ってまで読もうという気にはなっていなかったのだ。

それが、アマゾンの本読み放題サービス、Kindle Unlimitedに再登録したおかげで、ご著書数冊を無料で読むことができるようになったのである。ラッキー(笑)。

さて、実際に先生の本を読んでみると、これが面白いのなんの。

とても摩訶不思議で、刺激的なエピソードが満載なのである。読んでいて「えーーっ!」とか「ひぇ~~~!」などと思わず奇声を発してしまったことも一度や二度ではない。

しかも、このお方が、世界的にも著名なホンモノの物理学者であることが話の面白さに輪をかけているのである。

そこはやはり一般人が神様や、霊や、オカルトについて語るのとはわけが違って、話に納得性があるというわけだ。

もう一つ、僕が保江先生のファンになってしまった理由は、先生が「他者を愛すること」と「自我を薄める」ことに力点を置いておられるということである。日本人が忘れつつある「合気道の精神」についても先生の本を通じて随分と勉強させていただいたし、僕が興味を持っていることとの奇妙な共通点を感じたりもした。ある意味方向性が近いともいえる。

やっぱり読書って楽しいな(笑)

以下の本はアマゾンのKindle Unlimitedで読めるので、興味のある方はどうぞ。

愛の宇宙方程式/保江邦夫(著)

神様につながった電話: ―我を消すと、神が降りてくる―/保江邦夫(著)

予定調和から連鎖調和へ: ―アセンション後、世界はどう変わったか―/保江邦夫(著)

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息子とお泊り(1)  

緊急事態宣言で仕方がないとはいえ、もう2か月近くも毎日家の中でおとなしく留守番をしている中学1年の息子のことがどうしようもなく不憫になった。しかも、彼はこの間1度も不平不満を漏らしたことさえないのだ。自分の子供ながら、ほんとにエライ子だと思う。

貴重なGWもついにすべて潰れてしまった(というか、潰されてしまった。僕はこれを人災だと思っているのだ。)

というわけで、僕はこれから息子と楽しい思い出作りをすることに決めたのだった(まだ遅くはない)。

なんとしても、彼の記憶の中に、このコロナ休校を苦く、苦しい思い出としてではなく、特別楽しい思い出として残してやりたいと思ったからである。

とはいえ、これまでも彼に運動をさせるために一緒に外出したり、どうぶつの森を一緒にやったり、勉強を一緒にやったりなど、今までにない特別な時間を過ごすことはできたと自分では思っている。

彼の表情を見ていても、僕と一緒にいるときはとても嬉しそうなのが見てとれる。

だけど、やっぱり何かが足りないのだ。


というわけで、突然僕は彼と2人だけで近隣のホテルに1泊することを計画したのだった。

これまでは嫁と3人で泊まりに出かけることはあっても、彼と2人で泊まりに行ったことは一度もなかったのである。

早速宿を探してみたら、朝食付きで1人なんと3千円代で予約が取れてしまった。この時期だからの特別料金でもあったようだ。

で、息子にこの計画を話したら、ほんとうに嬉しかったらしく、毎日何度も「パパとお泊りに行くんだ~~♪」などと話している(笑)。

我ながらいい計画だったと思っているが、さあ、どうなりますか(笑)


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category: 子育て

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テレビウィルスの威力  

テレビウィルス。

おそらく武田邦彦先生の造語だと思われるのだが、どうやら国民全体が本物のコロナウィルスよりも、「テレビウィルス」に深く感染してしまったようである。

飲食店や、個人事業主、パート、アルバイト等の非正規雇用者、各種イベント、ライブ等で生計を立てている人々・・・。

彼らの多くがすでに生活が成り立たず、閉店、倒産、果ては自殺にまで追い込まれているというのに、Yahooのコメント欄等を見ていると未だに自粛解除に否定的な意見が圧倒的である。

なぜなら、国民全体がコロナは怖い、コロナは怖いと、テレビやマスコミに完全に洗脳されてしまったからだ。


新しい情報によれば、新型コロナが流行したおかげで、今年はインフルエンザの患者数が大幅に減り、結果的に例年に比べて差し引き4千人前後死者が減ったのだそうだ(厚生省調べ)。

だけど、この事実をテレビはけっして報道しないだろう。

なぜなら、それは彼らが今まで言ってきたことを全否定することになってしまうからだ。


テレビウィルスおそるべし。

だが、僕たちは安心することなく、第二波に向けて心構えと準備をしておかなくてはならない。

夏から秋にかけては、食料や生活必需品の備蓄と、免疫力を上げること、そしてかかった場合の対処法を勉強しよう。

上記についても武田先生のブログが大いに参考になる。ほんとうに有難いことだ。


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category: 常識を疑え

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ここは天国か・・・  

僕が勤めているホテルの休館日が5/31まで延期された。

これで休館期間は40日となる。もちろん緊急事態宣言が延長されたからだ。

今度こそクビか・・・と一瞬観念したが、とりあえずクビにはならず、有給休暇消化により5月分の給料もほぼ全額もらえることになった。まだ安心はできないが、それでも正社員ではない僕にとってこれはものすごい幸運であると心から感謝している。

そして、今数えたら僕の5月の休みは有休を入れて17日もあった・・・。

月の半分以上が休み。しかも、出勤日も実質フリータイムで本読み放題、音楽聴き放題、ネット見放題である。

おかげさまでほんとうに毎日自由な時間を満喫させてもらっている。

調子に乗って休校中の息子とは今月中に2人で1泊旅行も計画した(県内だけど)。

ああ、ここは天国か・・・と思う今日このごろ。


コロナ騒ぎが完全に仕組まれたものであることがあることがわかった今となっては、もはや心配するものさえ何もない。

日本におけるコロナウィルスの感染者は1万人に1人、重傷者は40万人に1人だそうだ。

皆さんも休暇を楽しんでください。


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category: 日々の雑感

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気持ち悪いぞSTAY HOME  

今テレビやネット等で「STAY HOME」を呼びかける動画がはやっている。

でも僕はそういった類いの動画は見た瞬間に気持ちが悪くなって即座にチャンネルを変えてしまう・・・。

ほとんど生理的に受け付けないからだ。


彼らが善意でああいった行動に出ていることは間違いないと思う。

きっと彼らはテレビやマスコミの言うことを素直に信じる純粋な人たちなのだろうと思う。


だが、反面「別にカッコつけて世界に向かって呼びかけなくてもよかろうて・・・」とも思うわけだ。

政府が外出自粛を国民に呼びかけている現在の状況の中で、実際に家にいるかどうかの判断は一人一人、各個人が自分の頭で考えてやればいいことだ。

家にいようと思えば家にいるさ。別に、あなたたちに「STAY HOMEしましょうよ~」と言われてやるわけではない。

ともかく、そうやって遠回しに集団行動を強制するのだけはやめていただきたい、と思ってしまうのだ。

あと、STAY HOMEって、なんでも横文字にするのもイラッとくる。小池都知事とかも好きだよね、横文字にするの。まあ、どうでもいいけど(笑)。


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category: 常識を疑え

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新しい時代の始まり  

物事にはすべてプラスの面とマイナスの面が存在する。

とても簡単な例を挙げよう。

巨大台風が日本を襲い、人々が亡くなるような被害を残したとき、ほとんどの人は台風をあたかも人類に敵対するような厄災ととらえるかもしれない。

しかし、もしもその台風が直撃した地域が深刻な水不足に見舞われており、台風のおかげでたった一夜にして水不足が解消されたとしたらどうであろうか?

もしもその台風のおかげで、数百万の人たちが水不足を経験せず、農作物等にも被害が出なかったとしたら・・・?

小さな視点ではその台風によって数名の命が奪われた。

しかし、より大きな視点では何百万人という人々の生活が守られたといえる。


ひょっとしたら新型コロナにも同じようなことが言えるのではないか?と僕は考えるようになった。

たしかに新型コロナは大変な疫病かもしれない。

しかし、この疫病はまちがいなく現在の社会システムを根底から変えることになるであろう、と僕は考えている。

つまり、簡単にいえば、現在の社会が抱えている様々な問題点や、歪み、隠された悪事等々をその基盤から変えてくれる可能性があるということである。

もっと簡単にいえばリセットがかかる可能性があるともいえようか。


今までの人類の歴史においては、主に戦争がそのリセットの役割を果たしてきた。

たとえば我が国日本も、第二次世界大戦によって強制的にリセットがかかったことにより、その後の急速な発展と現在の豊かな生活があるということは言えると思う。

だが、第二次世界大戦ではあまりにも多くの尊い人命が失われた。広島、長崎の原爆によって何十万という罪もない一般市民が虐殺された。そして世界全体を見れば少なくとも一千万人以上の人が戦争によって命を落としたのである。

しかし、もしも・・・もしも今新型コロナというウィルスがかつての戦争の役割を果たしているとしたら・・・?

それは戦争に比べれば人類にとって非常に穏やかなリセット、比較的痛みを伴わないリセットになるかもしれない。


けっして新型コロナを歓迎しているわけではない。

しかし、他方で痛みを伴わないリセットというものはあり得ないということもまた事実なのである。


そこで僕はあえて今のこの状況を「新しい時代の始まり」を告げる出来事としてとらえてみてはどうか・・・と考え始めている。

どうせ最下層の我々一般市民が落ちる度合いなどはたかが知れている。ほとんどの人はこれまでよりほんの少し生活レベルを下げるだけでこの危機を乗り越えられるだろう。

しかし、いい生活をしてきた人、悪事で金を稼いで贅沢をしてきた人、他人を蹴落として自分だけがいい思いをしてきた人たち等々はそれこそ落ちる度合いがハンパではない。彼らには文字通り地獄に落ちるような生活が待っているのかもしれない。

これはひょっとしたらほんとうに神が与えた一撃かもしれない・・・なんて(笑)。

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category: オカルト

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嫁に「ご飯作らなくていいヨ」と言ってみた  

1日1食を実践してから、もう1年ぐらいになると思うのだが、ある程度体重が落ちたらそれ以上減らなくなってしまった。

1日1食でもお腹ポッコリで、少し太り気味の体型なのだから困ったものである(笑)。

というわけで、いよいよ次の手を打つことにした。


それは、嫁に「もう僕のためにご飯作らなくていいよ」ということである。

実は今でさえ1日1食なので、さすがにそこまで言うのはちょっとなぁ、と抵抗を感じていたのである。

でも、仕事から帰ってきて、ご飯が作ってあると、やはりおいしいのでどうしても食べ過ぎてしまうことになる。あと、昭和世代だから、残すのもなんだか罪悪感があってできなかったりもする。

これが自分でご飯を用意して食べるとなると、食事のクオリティは俄然低くなる(笑)。というのも、僕は料理ができないからだ。

でも、それでいいのである。

やはりこれ以上体重を落とすとなると、食事は基本的にカロリーの低い粗食を中心にせざるを得ない。だから、あんまりおいしいご飯でなくてよいのである。

具体的にいえば、海苔、納豆、豆腐、玉子、ふりかけ等を常備しておき、パスタや、レトルトカレー、ラーメン等でバリエーションをつける。そして時々はハンバーグや、餃子、冷凍食品、コンビニ惣菜なども加えてゆければ僕にとってはもう十分すぎるメニューである。

要は食べなければ食べないほどよい、食事量は少なければ少ないほどよい、という考え方だから、これで家の食費を減らすこともできるし、万一食糧危機が来たときの予行演習にもなる(慌てずに済む)。


ただ、一番気になっていたのは、僕がそれを言ったときの嫁の反応はどうだろうか、ということだったのだが、意外なほどあっさりと受け入れてくれた。きっとどこかで毎日作るのが重荷になっていたのかもしれない(笑)。とりあえず子供の分だけ作ればいいということで、気が楽にもなったみたいである。

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category: 身体と健康

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息子とランニング  

コロナのおかげで久しぶりに5連休が取れた。おかげさまで毎日有意義な休みを送らせてもらっている。とにかく仕事の日も、休みの日も、今は社会人になってから一番楽しい日々が続いているのだ。これはなんという皮肉であろうか!

そんな僕にとって中1の息子と一緒にランニングに出かけるのも今や大きな楽しみの一つである。ただし僕は自転車に乗ってだが(笑)。

同学年でもトップクラスの走力、持久力を誇るウチの息子はほんとうに親も惚れ惚れするほどの足の速さである。まともに走ってかなうはずなどない。だから僕は自転車なのだが、僕がペダルをかなり踏み込んで走っても軽々とついてくる。しかも、彼は走りながらずっと喋りっぱなしなのに息一つ乱れない。息子の成長ぶりにはほんとうに驚くばかりだ。

そうして息子の他愛もない話を聴きながら、僕たちは人影まばらな河川敷の公園へと向かう。そして公園に着いたら、息子のサッカー練習のお手伝いだ(といっても、僕はたいした事はできないが)。僕と息子の間に特別な時間が流れる・・・。

中学校が休校にならなければ、おそらくこんなに幸せな時は訪れなかったであろう。そう考えると、この時間がとても愛おしく思えてくる。

たとえこれから何が起ころうとも、息子と過ごした休校中の時間というのはずっとずっと長く記憶に残ることだろう。


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category: 子育て

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ベランダで寝る母と子  

ここまで来て感染者が思うように減っていないということは、緊急事態宣言も、各種営業自粛も失敗だったということである。つまり、専門家たちの予測も、対策も完全にピントはずれだったということだ。まあ彼らは保身に必死だから、絶対に言い訳ばかりして認めないだろうけどね。しかし、結果を見れば誰の目にも失敗は明らかである。

国民もやっと今ごろになって事の重大さに気がつき始めてきたようだけど、時すでに遅しである。日本においては緊急事態宣言も、休業自粛も最後の最後のカードとして取っておくべきであった。だがもう先にカードを切ってしまったので、もうお先真っ暗だ・・・。


と、暗い話ばかりしていても始まらないので、現実に話を戻そう(笑)。

今年のゴールデンウィークはどこにも出かけられないので、息子がベランダに簡易テント(1000円ぐらいの安いやつ)を張って、中で寝たいと言い出した(笑)。まあ、お前が寝られるんならいいだろう、ということで許可したら、なんとウチの嫁までが掛布団を抱えて狭いテントの中にもぐりこんでいったのだった!お前は子供か(笑)!!

とにかく最初は笑いが止まらなかった。しかし、それでも嫁は寝られなくてすぐに戻ってくるにちがいない・・・。そう固く信じていたのだが、結局2人はそのまま次の日の朝を迎えたのであった(笑)。

オレだったら絶対に寝られないよな。そう考えるとオレってきっと神経質なんだよな・・・。と、僕はけっこう羨ましく思ったのであった(笑)。


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category: 日々の雑感

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毎日が天国  

以前から書いているように、僕自身はこの程度の感染状況で経済をストップするのには反対なのだが、今でも大多数の人たちはさらに緊急事態宣言の期間を延ばすことに賛成のようだ。「ホントに日本ダメになるよ」と思うのだが、それが多数の意見なのだから仕方がない。僕も国民の一人としてその流れには従うのみである。

ただねぇ・・・ここまでくると、実はみんな働くのがイヤだから、コロナにかこつけてただ仕事を休もうとしているだけなんじゃないか、なんてひねくれたことさえ考えてしまうのだった。まあもし僕が学生だったら、休校なんてまちがいなく大歓迎だっただろうと思うしね(笑)。

というわけで、自分の収入が大幅に減らない人たちは、なんだかんだ言ってただ会社休もうとしているだけなんじゃないか?全員とは言わずとも、3割ぐらいはそういう人たちがいるのではないか、というのが僕の偽らざる感想である。だって、周りを見回しても誰も死んでないよね?

本来パンデミックというのは、毎日自分の周りの人たちがバタバタ死んでいくことを言うのであって、感染者を探すのにも苦労する現在のような状況ではないはずである。まあ今の日本人はテレビに洗脳されてるから、そんな事言っても通用しないのだろうけど。

まあ、一人で騒いでも仕方ないから、今日もこうして誰もいない会社を「お留守番出勤」させていただいています(笑)。

しかし、いやぁ~楽しいのなんの。

仕事は実働1時間程度。あとは完全にフリーで、読書をしたり、ゲームをしたり、音楽を聴いたりと自由自在。今は本当に仕事に行くのが楽しくてしようがない。

家に帰れば毎日息子が明るい声で迎えてくれる。そして、彼と日々運動に出かけたり、いろんな話をしたり、勉強を教えたりというこれ以上ない幸せに僕は包まれているのだ。おかげさまで家族と一緒にいる時間も増えた。

この上緊急事態宣言が延長されたら、いよいよ会社からはクビを言い渡されるかもしれないが、今はもうそうなったらそうなったで仕方ないと思っている。大切なのは、今奇跡的に与えられたこの天国のような日々をどれだけ楽しむかだと思っている。

真面目な人たちには怒られそうなお話でした。

参考:
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category: 日々の雑感

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給与をもらえることのありがたさ  

昨日は給料日だった。まあ当たり前なのだが、いつものようにいつもの金額が銀行口座に振り込まれていた。

しかし、今回だけは”自分の気持ちが”いつもとは違った。

毎月当たり前のようにもらえている給料が、今回は当たり前ではないと素直に思えたからだ。

「こんなときでも、ちゃんと振り込まれている・・・。いつも文句ばっかり言っているけれど、ウチの会社けっこういい会社だよなぁ」と。

実際、僕は非正規雇用(つまりバイト)であるにもかかわらず、また僕が働くホテル自体も休館となっているにもかかわらず、僕はまだ出勤をさせてもらっているのだ。これはほんとにすごいことだし、ありがたいことだと思っている。

なにしろレストランのパートの人たちや、一部の部署では4月の初めからずっと自宅待機となっているのだから、もうこれは運がよいとしか言いようがない。実際自分の気持ちの中では、今日こそは「あしたから来なくてもいいよ」と言われるかもしれない、言われても仕方がないと思いながら日々働いているというのが正直なところなのだ。

そんな中、僕が働くホテルもついに5月7日までの休館が決まった。しかし、こんな状況の中にあってでさえ、僕は普段とほぼ変わらない時間帯に出勤し、やることといえばはっきり言って電話番のみという状況である。しかも夜勤で、世の中がこんな状況だから電話なんか掛かってくるはずがない。要するにただのお留守番なのである(笑)。

かくして、僕は社会人となってから今までで一番楽しい日々を満喫させてもらっている。今はこの与えられた状況を感謝して受け入れるのみだ。こんなときこそ1日1日を感謝して。

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category: 仕事

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素朴な疑問  

飲食店、会社、スポーツジム等、人が集まるところには休業要請。

挙句の果てに、公園での運動もやめろと言う・・・。

だけどスーパーやコンビニは通常営業・・・。

つまり、スーパーやコンビニで働く人たちは1日8時間以上も毎日2メートル以下の至近距離で仕事をしているわけだ。

これは・・・これは・・・ひょっとして・・・スーパーやコンビニで働く人たちは感染して死んでもいいってことなのか??

医療従事者に感謝しよう、応援しよう、って声高に叫んでいる人たちがいるけれど・・・ある意味もっと不特定多数の人々と日々接して働いているスーパーやコンビニの人たちのほうが命がけではないのだろうか???むしろ彼らのほうがもっともっと感謝に値する存在なのではないだろうか???

そして、スーパーやコンビニの背後には、僕たちが食べる食品を「密な」環境の工場でせっせと毎日作り続けている人がそれこそ何万人、何十万人といるはずである。

彼らは感染して死んでもいいのだろうか???

働かずに家にいたほうがいいのではないのか???


完全に論理破綻している。

食料の供給が止まったら、生きてゆけなくなるから、「そこは止めなくてもよい」というわけだ。

だけど、にもかかわらずスーパー、コンビニ、食品工場等々で感染し、死亡した人の話というのは「意外なほど」耳には入ってこない・・・。毎日「密な」環境で仕事をしているのにね~~。

だったら、いっそのこと、どこも営業して大丈夫ではないのか?

一人一人が十分に注意して、たとえば飲食店などでは隣の人と間隔を空ければ大丈夫ではないのか?

今日本で行われている自粛、休業要請はやっぱりどう考えてもおかしいと思う。

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category: 日々の雑感

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どこまでやれば気が済むのか  

休校が決まってからというもの、雨の日以外は必ず息子を外に連れ出して運動をさせるようにしている。学校がやってくれないから自分でやる。それも親の義務の一つと考えるからだ。

で、運動をさせるのは家の近くの広い運動公園である。感染の可能性などあるわけがない。

ところが、先日その公園に行って愕然としてしまった。

以下の貼り紙がしてあったからである。

IMG_1345.jpg

「新型コロナウィルスの感染拡大を防止する為、下記の期間利用を休止いたします。」

「休止期間:4/10~5/6」

はぁ~?なんだって?気でも狂ったのか?

いや、マジで狂っているとしか思えない。

本当に公園で感染するのだったら、日本中どこにいてもダメということだ。2人以上の家族が一つ屋根の下で暮らすことさえ禁止にしなくてはならない。もちろん家族が一緒にご飯を食べることも禁止である。

バカもここまで行ったらもう表彰状ものである。よくぞここまでやってくれたとさえ思う。だから、記録のためにちゃんと写真にも残させていただいた。

それにしても日本人は真面目である。

こんなバカげた貼り紙にも素直に従い、誰もここで遊んでいる子供はいなかったからだ。といっても、この場所をはずれたところでは何人か見かけたが・・・。とにかく素直に従っているのだ。

もちろん僕と息子はこの中で堂々と運動してやった(笑)。きっと一組のキチガイ親子がいると思われたことだろう・・・。

おかげで濃厚接触者は周囲にゼロである(笑)。


アホな専門家連中にも呆れたものだ。思うように感染者が減らないものだから、公園等の運動も控えてください、だと言っているのを今日テレビで見た。どこまでやらせりゃ気が済むのか・・・。

大人はガマンできても、エネルギーに溢れた子供たちを一日中家の中に閉じ込めておくことはほとんど犯罪に近いことだ。それは子供を持つ親御さんなら皆わかることだろう。勉強もさせず、運動もさせず、家の中で一日中ゲームさせておくのか・・・。僕たち大人は子供たちをダメにしてしまうのか・・・。

外で運動させて何が悪い?守らない者はそのうち逮捕でもされるのだろうか?

先進国の中で世界最低の感染率、死亡率の日本で、いったい何をやらせようとしているのか?

取り返しがつかなくなる前に気づいてくれ、日本よ!!

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生きるということは  

そもそも生きるということは、事故や、病気や、死を前提として(ある程度覚悟の上で)社会の中に自らの身を置くことに他ならない。いかなる意味においても、人が人との交流を否定するとき、それはすなわち我々が今まで築き上げてきた社会全体の死(自殺)を意味する。

アメリカ、イタリア、スペインなどの国々の状況はまったく別である。問題はなんでもかんでも欧米のやり方に盲目的に追従する我が国日本の幼児性にある。要は何も自分で決められないのである。決めるどころか、悲しいかなはっきりとした意見さえ言えないのが我々日本人の習性なのだ。この僕も含めて・・・。

パートでやっと生活している母子家庭のお母さん、毎月テナント料の支払いを心配しながらギリギリの経営を続けている飲食店の経営者さん、給料は安くても身体を動かすのが好きで、笑顔でお客様と接しているスポーツジムのインストラクターさん・・・。僕自身はまだ今は生活の心配はする必要はないが、これらの人々の事を思うとき僕の心は締めつけられる。
コロナより、もっと悲しいニュースを僕は絶対に聞きたくない。

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このあとに待ち受ける経済的混乱の恐ろしさ  

街から人が消えた。

緊急事態宣言は全国に広がった。

これはこれで政府が決めたことだから仕方がない。それに大多数の国民もこれでよいと思っているようだ。TV、マスコミの危険、危険の大合唱のおかげで・・・。

いつ緊急事態宣言が解除され、ある程度普通の生活が戻ってくるのかはわからないが、このあとに待ち受けている経済的混乱、社会的混乱のことを考えると僕はほんとうに恐ろしくなってしまう。

今の日本の状況は、「車を運転すると交通事故で人が死ぬから、みんな車に乗るのはやめましょう。車に乗るのを8割減らしましょう。そうすれば死ぬ人が減るから。」と言っているようなものだと思う。

もちろん日本中の人が車に乗るのをやめたら、あらゆる経済活動がストップして多くの人々が解雇され、生きていくことさえままならない人が大量に発生してしまうことが目に見えている。だから、実際にはそんなバカな事はやらない。日本人全体のことを考えたら、ある程度の人が死ぬことは仕方がないという計算が働くからだ。

だが、今回の新型コロナ騒動に関しては、「2か月でたった150人の死者しか出さないウィルスなんて大したことないよ」なんて今日本で言おうものなら大変である。大バッシングを受けた上に、火あぶりの刑にでもされかねないだろう。

日本のTV、マスコミが煽りに煽って、日本全体を恐怖に陥れて、視聴率を稼いでいるからである。外に出られなければ、人々はネットかTVを観るしかない。だから、TV業界は緊急事態宣言が長引けば長引くほど歓迎という実態があるのだ。国民の生活がどうなろうとそんなことはどうでもよい。ただ自分の懐があったかくなればそれでよいのだ。正義の仮面をかぶったTV、マスコミにだまされてはいけない。

毎年流行期には「1か月に千人前後が亡くなる」インフルエンザによる死者が、なんと今年は例年の4割程度に減っているそうである・・・。つまり、全体を見れば新型コロナウィルスのおかげで日本人の死者は減っていることになるのだ。

だから、そのために全部を止めてはいけない・・・。でなければ、今度は収入の道を閉ざされた多くの人々が街にあふれることだろう。そして、そのあとには恐ろしいまでの経済的混乱が待ち受けている。僕の周囲にも、すでに仕事を失くした人がたくさんいる。

緊急事態宣言がゴールデンウィーク明けに解除されることを祈って・・・。

参考:
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すべてに感謝する機会  

今、新型コロナで日々大きなストレスを抱えている人はきっと多いのではないだろうか。

だが、僕はまったく平気である。

むしろ毎日が楽しくて仕方がない。

こんな事書いたら不謹慎とさえ言われてしまうのが今の日本全体に流れる空気だが、今日はあえて書いてしまおう。


事実は一つだが、それをどう捉えるか、どう受け止めるかは個人の自由である。誰もそれを侵す権利など持たないし、なにしろそれは僕の「心の中の問題」だから、どうにもしようがないというのが真実である。

はっきり言って僕は現在の状況をとても楽しんでいる。

なぜなら、まず第一に新型コロナは高齢者でなければそれほど恐れる必要がないし、第二に今のところ仕事があって、しかもお客様がほとんど来ないので楽ちんであるし(笑)、第三に子供が毎日家にいるので嬉しくて笑いが絶えないし、第四に新型コロナのおかげで大切な事を思い出せたからである。


そして、今日書きたいのはこの第四の点についてである。

僕は今、新型コロナはすべての物事に感謝する大切な機会を与えてくれた、と感じている。

マスクがない、トイレットペーパーがない、そして今日はハンドソープまで買えなくなったと嫁から聞いた。そのうち、もっともっと多くのものが品薄になり、手に入らなくなることだろう。

だけど、考えてみれば、生活の中のあらゆる物がいとも簡単に手に入るということ自体が、とてつもない奇跡だったのではないだろうか・・・。

僕は生まれてから57年間、ほとんど何一つ不自由することなく生きてこられたが、それはものすごい幸運が重なってのことだったのだ。

もし戦争があったら・・・

もし大飢饉で米や野菜が獲れなくなったら・・・

もし火山噴火や大地震に襲われたら・・・

もし日本という国がもっともっと貧しかったら・・・

もし親に捨てられていたら・・・

もし家を失くしていたら・・・

もし新型コロナ以上の疫病が大流行していたら・・・

僕は、普通の生活が送れず、とても不自由で、つらい思いをしたことであろう。


だが、57年間ものあいだ、それらは僕の身には起こらなかったのだ。

なんという幸運、なんという奇跡であろうか。

そして今、世界中が大変な事になっているのに、日本での被害はその100分の1ぐらいなのである。


外国の方々には申し訳ないと思うが、日本人の一人としてこれを喜ばずにはいられようか。

だから、僕はただ心配と不安で毎日を過ごすのではなく、逆に今まで与えられてきたすべての物事に感謝する機会にしようと考え始めたのである。

というのも、こんな状況の中でさえ、まだまだ感謝すべきことはたくさんあるからだ。

ご飯が食べられる、お風呂に入れる、あったかい布団で寝られる、家族全員が元気、スマホが使える、ゲームができる、音楽が好きなだけ聴ける・・・・

感謝することは山ほどあるのだ。神様、今日もありがとう。

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力を一つに集める  

なんとまあ大変な時代になったものだ。いや、大変な時代になりつつあると言ったほうが正確かもしれない。なぜなら、いくつかの未来予言では、これはまだ始まりにすぎないことが示唆されているからだ。

予言の成就云々は別にして、ともかく準備だけはしておくに越したことはないと思う。すなわち準備とは心の準備と、物資の準備の両面においてである。

今回のマスク騒動でよくわかったことは、いくら口で偉そうなことを言ったところで、結局なくて困るのは自分自身ということである。買占めが道徳に反するとか、あさましいとか、精神論を振りかざしている人たちがいるが、僕に言わせればちゃんちゃらおかしい。

ほんとうになくなったら、人のことなどかまっていられないのが人間というものだ。誰も助けてなどくれない。少なくとも大多数の人間はそうだ。だから、今回の件を教訓に、普段からトイレットペーパーや食料の備蓄を少しずつでも始めておくというのは正しい行動であると僕は考える。

家族を守り、養う責任がある身としてはなおさらにそう思う。だから、この騒ぎが一段落したら、「平時において」僕は万が一の備えを進めようと思っている。すなわち、ない時の備蓄ではなく、ある時の備蓄である。

これと並行して、僕が昨年末から進めてきたことがある。それは、家族を一つにまとめるということだ。

核家族化が叫ばれて久しいが、これからの激動の時代を生き抜くには、大家族に戻り、力を一つに集めるのが望ましいと僕は思っている。

昨年末に僕は一人暮らしをしていた長男を家に帰ってこさせた。これにより、我が家は一人一人の収入は少ないが、僕、妻、長男の大人3人による収入が生じた。そして、これらを家族全員の収入と考えることにより、金銭的にも、精神的にもかなりの余裕が生まれたのである。家族の絆も以前より強くなったように感じる。

そして、さらに「自分一人で家族を養うのだ」という昭和的な考え方を僕は捨てることにした。自分一人で重荷を背負うのではなく、妻や子供たちの力にも、もっと頼ってみようと思ったのである。このある意味「他力に頼る」という考えが、今までには見えなかったいろいろな物事を見ることを可能にしてくれた。

とにかく、これからは大家族なのである(笑)。

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仕事があるだけで幸せ  

僕は非正規雇用(簡単にいえばバイト)なので、今回のコロナ騒動でいつ自宅待機、もしくは解雇を言い渡されるかしれないという状況である。

ちなみに僕が勤めるのは市内の比較的大きなビジネスホテルだ。

もちろん影響は甚大で、特に緊急事態宣言が発令されてからは予約がピタリと止まってしまった。

イベント、外出自粛のときはそれでもリピーターのお客様のおかげでそこそこの稼働を維持していたのだが、はっきり言ってこれで息の根を止められたという感じである。あと1か月この状況が続けば、ホテル自体の存続にも関わってくることだろう。

そんなわけで、僕が勤めるホテルもついに4月後半に5日間ほど休業日を設ける運びとなった。それでも完全休業とならないだけまだマシなのだと思っている。しかも、バイトである僕にとっても、まだ今のところは給与には影響のない範囲で使ってもらえる見込みなのだから本当に有難いと思っている。見えない力に助けられているという実感さえあるくらいだ。

実際に世の中を見渡してみれば、もうすでに解雇された方たちや、自宅待機を言い渡された方たちも多くいるだろうと想像している。ほんとうに気の毒としか言いようがない。しかも、何度も言っているように、我が国日本はまだ流行というにはほど遠い状況なのだから尚更に残念なのである。

武田邦彦先生のブログにアップされた最新動画を見ても、そのことは明らかである。日々感染者が増えていると報道されている現在にあってもなお、先生のご指摘は生きているのだ。僕のような小市民がブログに書いたところで誰も見向きもしないのはわかっているが、それでも書かずにはいられない。なぜなら、日本全体が偏った報道によって洗脳されているとしか思えないからだ。早く目を覚ませ、日本!

武田邦彦先生の最新動画はこちら

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category: 仕事

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中学校入学  

昨日は息子の中学校入学式だった。

新型コロナの影響で4月いっぱいの休校が決まった中での入学式というのはなんとも残念で悔しい。

実は僕は夜勤明けで入学式には行けなかったのだが、息子が帰ってきての第一声は「友だちと会えて楽しかった」だった。(おお、よかったな息子よ。息子の貴重な学校生活を奪ったコロナウィルスが憎い・・・)

だが僕が最も驚いたのは、新しい教科書を家に持って帰ってはいけない、と学校に言われたことだった。

というのも、僕は休校中に少しでも彼に勉強を教えてやろうと思っていたからだ(もうすでに英語はやっていたけど)。

そもそも休校中に家で自習することの何が悪いのか?聞けば代わりに小学校復習用のプリントが手渡されたとのことだった。

はぁ?なんという狭い了見なのだろう。

学校には来るな、だけど中学の勉強を家でしてはいけませんよ、学校が始まったら皆で平等にスタートしましょう、というわけだ。バカバカしいにもほどがある。

そんなイジワルをしたところでお金のある家の子は家庭教師とか、通信教育などで他の子供の先回りをして勉強するに決まっているのだ。日本の教育者はそんな事もわからないのか。話にならん、頭が固すぎる。今回のコロナ騒動にも通じる頭の悪さである。この件についてはほんとうにガッカリした。

まあ、こんな事であんまりカリカリしても仕方がない。気を取り直して数学ぐらいは教えてやるとしよう。

とにかく息子よ、中学校入学おめでとう。

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category: 子育て

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少数のために社会全体を殺す日本  

新型コロナによる「死者」があなたの周囲に1人でもいるだろうか?

新型コロナの「感染者」があなたの周囲に1人でもいるだろうか?

ほとんどの人が「NO」だと思う。

なぜなら、日本の感染者の割合は世界の中でも極めて低いからだ。

以下は日本の外務省の公式データである(2020年4月8日)

人口1万人あたりの感染者数

世界第1位はルクセンブルクの48人。2位はアイスランドで44人。3位はスペインの29人。
以上が世界の感染者率ベスト3である。

世界第1位でも1万人あたり48人の感染者数ということだ。つまり1000人あたり4.8人。このレベルならひょっとしたら、自分の周囲に1人ぐらいは感染者がいるかもしれないということはできる。首都封鎖や緊急事態宣言も致し方ないといえるかもしれない。

だが、日本を見ていただきたい。1万人あたり0.33人である・・・。つまり1万人に1人も感染していないのだ。この数字を10倍すると10万人にわずか3人という感染率になる。10万人のうち3人・・・。10万人といえば、中くらいの市ほどの人口であるからおそらく普通に生活していてもその3人と接触する可能性は極めて低いと言わざるをえない。

ましてや、死者となると・・・。その割合はさらに50分の1ほどになる(日本での死亡率は2.3%)。

僕のような素人が調べても、首都封鎖はおろか、イベント自粛すら必要ないレベルであることは明白である。

そもそも満員電車を止めないで、イベント自粛なんてしても全くもって意味がない。毎日満員電車が走っているかぎり、爆発的感染はもうとっくの昔に起こっているはずなのである。だが、欧米のような爆発的感染は起こっていない。つまり日本では今のところ普通に生活してまったく問題ないということなのだ。

だが、政治家やいわゆる専門家たちは、万が一の時の責任逃れのために、自らの保身のためにどんなに小さなリスクも冒すことができない。たとえそのために国民の生活、命が脅かされたとしても、である。

今現実に多くの人が職を失い、収入の道を絶たれている。

それでも外に出るなと言う。

いったいどうなっているのか、この国は。

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category: 常識を疑え

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こんなときは教育テレビ  

ついに緊急事態宣言まで発令されてしまった新型コロナウィルス。

だが世の中の騒ぎに慌てふためいてはいけない。テレビは見れば見るほど恐怖を刷り込まれてしまうから注意だ。それに見ているだけで心がズンと暗く、重くなってしまう。

まずテレビは見ないこと。そして情報はネットニュースだけで十分である。必要なときに、必要なだけ見にいけばよい。

というわけで、我が家では休校中の子供のためにも、民放の番組は一切見せないことにした。

代わりに、NHK教育テレビを流しっぱなしにしている。

子供になぜかと聞かれたので、「コロナは暗いニュースばっかりだから、こっちのほうが平和でいいよね?」と言ったら、子供ながらに理解してくれたようである。毎朝教育テレビをつけるたびに「平和、平和」と言ってくれる(笑)。

NHKは高い受信料や報道内容、職員の高い給与などいろいろと問題もあるが、僕は教育テレビだけは高く評価している。こんないい番組ばかり作っている国はおそらく日本だけだろう。

とにかく観てみればわかる。

世の中の動きに左右されない能天気なほど平和な番組の数々・・・。

きっとあなたも心癒されることであろう。

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category: 日々の雑感

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小学校卒業(3)  

いろいろあった小学校6年間だったが、多くの人たちに支えられ、優しい友人たちにも恵まれて、息子は明るく笑顔で卒業式を迎えることができた。僕の小学校時代を思い返しても、あまり楽しかった記憶がないので、親としてもこれは本当に喜ばしいことだと思っている。

つまるところ、彼は、彼自身の手で楽しい小学校生活を掴み取ったのだ。それだけはまちがいない。明るく振舞ってはいても、親には見えないところで、彼はきっと彼なりに苦しみ、悩み、闘っていたのだと思う。そう思うと、今は息子に感謝の気持ちでいっぱいである。


しかも、彼は最後の最後にまた親を驚かせることをやってのけた。

終業式の日、彼は1枚の賞状と盾を家に持って帰ってきたのである。

それは県のスポーツ協会から体育優良児童として表彰されたもので、毎年1学校につき男女各1名ずつしか貰うことができないという大変名誉なものであった。彼の日頃の運動関係の活躍は知っていた僕も、この賞状には驚いてしまった。こんなことはひょっとしたらウチの家系でも初めてのことかもしれない、なって思ったりもした(笑)。

IMG_1330.jpg

また所属していたサッカーチームでも、小さな大会ではあったけれど、6年生最後の試合において、彼は一人で全得点を挙げて優勝した。

まさしく有終の美を飾った息子には、ただただ拍手を送るしかない。

これからも明るく、のびのびと育っておくれ。(完)

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category: 子育て

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マスクもいいね  

サービス業という仕事柄、マスク着用を義務付けられてからもう10日ほどになる。

初めは気になって仕方なかったマスクだが、いつの間にかすっかり慣れてしまった。というか、ずっとこのままマスクをしたまま仕事してもいいよ、とさえ思えるほどになってしまった(笑)。

まず、子供の頃から自分の顔に自信のない僕は、マスクをしていることで普段より生き生きと接客応対をしていることに気が付いた(笑)。いいオッサンが何を言っているのか、と思うかもしれないが、子供の頃からのコンプレックスというのは深層意識の奥深くに刻み込まれているからそう簡単に克服できるものではないのだ。

というわけで、まずこれが一つ目のメリット。次に相手に自分の表情を悟られにくいという利点がある。表情から自分の心の動きを読まれずらいから、たとえばお客様から理不尽な苦情を受けたりなどしても意外と冷静に対処できたりするのだ。またけっこう大胆な発言もできたりする(笑)。

逆に表情は「目」だけで表現できるから、僕などは頻繁に目に露骨な笑いジワを演出することで相手にいい印象を与えているようである。顔に自信はなくても、目だけはけっこうパッチリしているから、こちらも自分にとってはプラスなのだ(笑)。

あとヒゲを剃らなくてもばれないのがいい。女性ならばあまり化粧に時間をかけなくてもいいというメリットがあるのではないだろうか(笑)。

そんな僕とは違い、逆に美男美女は自分の顔をアピールできる機会が減るのであまり有難くないのかもしれないな、なんて。ま、僕はオーケーです(笑)。

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小学校卒業(2)  

6年前の小学校入学のときのことを思い返してみると、僕と嫁はただただ同級生からのイジメを恐れていたいえる。

というのも、うちの子は左手に障害を持っていたからだ。

左手指5本のうち、真ん中の指3本が豆粒のように極端に小さいという、誰が見てもわかる身体障害である。


保育園は一緒に通う子供たちも幼かったので、なんとか最小限の問題で卒園できた。それでも、他の子供たちから何度か心ない言葉をかけられて傷付き、人前で手を隠すようになったという経緯もあった。

だが、小学生となると同級生はもとより、何年も上の上級生もいるから、親としては当然ある程度のイジメは覚悟しなくてはならなかったのだ。実際、僕自身はイジメはあって当然と思っていた。なぜなら、子供たちというのは時としてとても残酷な生き物になり得るからである。


だが、今考えるとまるで魔法でもかけられたかのように、息子はまったく何の問題もなく、元気に、すくすくと育っていった。ほんとうに親の僕から見てもうらやましいほど、学校生活を楽しんでいた。

それでも1年生、2年生ぐらいまではひそかに心配していたのだが、3年生以降はまったく心配しなくなった。なぜなら、いつの頃からか、彼は「休みなんてつまらない。毎日学校に行きたい。」と口に出して言うようになったからだ。

その頃から、僕は息子がちょっと人の子とは違うなと感じ始めていた。親バカで、生まれたときから「この子は特別な子」と思ってはいたのだが、ほんとうにそうなり始めたと思えるようになった。

まず彼はどんな時も底抜けに明るかった。実際、僕は彼が悩んで沈んでいたり、暗い表情をしているのを一度も見たことがないのだ。これはほんとうに驚くべきことだった。
そして、彼は生まれつき、他人に対する深い思いやりを持っていた。これも毎年担任の先生から聞かされ続けていたことだ。
さらに、彼は運動能力が非常に高かった。運動会では常に花形だった。
そして、なんとも言えない人間としての魅力があった。
これらの要素がいつの間にか、友人たちをイジメから遠ざける原因になったのではないか・・・と僕は推測している。あくまで推測にすぎないのだが・・・。


ただ運もよかったのだと思う。息子が通う小学校は、市内でも田舎の学校という感じで、家族的な雰囲気があったのだ。クラスも2クラスしかなかったから、学校では誰もが顔見知りで、友だちという感じだった。

だが今となっては理由などどうでもよい。とにかく息子は、ひょっとしたら人生で最も高かったかもしれないハードルを、底抜けの明るさで、笑いながら飛び越えたのである。

僕は心から彼に拍手を送る。卒業おめでとう。(続く)

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小学校卒業(1)  

小学校の卒業というのは、子供にとっても、親にとっても、とても大きな区切りであることはまちがいない。

3月24日はうちの子が通う小学校の卒業式だった。

皆さんご存じのとおり、新型コロナウィルス発生の真っ只中ということで、生徒、先生、保護者の全員がマスク着用での出席という、とても異例で、奇異な感じを与える卒業式となった。

これは僕が生きてきた50年以上の年月はもちろんのこと、日本の長い長い歴史を見渡しても一度も起こったことがないような異常事態であることはたしかである。だが、見かけはマスク姿でも、子供と、先生と、保護者たちの気持ちには何も変わりがないことを僕は感じ取っていた。やはり区切りの式というのは大切なものだ。

卒業式の最中、僕はマスクをしたままの息子を写真に収めながら思っていた。「これはこれであとで見返したら、とても印象に残る卒業式になるにちがいない」と・・・。


式は簡略化した形で淡々と進み、約1時間半ほどで終了した。退屈で長いだけの通常のセレモニーと違い、僕はあっさりとしていて逆によい卒業式になったと思った。

6年間はほんとうにあっという間だった。(続く)

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Cocomi報道にみる日本人の集団イジメ体質  

木村拓哉、工藤静香夫妻の長女、心美ちゃんが芸能界デビューしたという(芸名:Cocomi)。

このニュースを聞いたとき、僕はここみちゃんか・・・、いやあずいぶん懐かしい響きだなぁ~と思っていた。

というのも、キムタク、工藤静香夫妻に初めて子供が生まれたとき、テレビ等でこの名前を耳にタコができるくらいに聞いた覚えがあるからだ。だが、騒がれたのは生まれた頃だけで、僕はその後ずっとその名前を聞いていなかった。

だから、単純に僕は久しぶりに聞いた名前だなぁと思ったのだった。あれからもう17年かと・・・。

しかし、ネットニュースなどを見ていると、彼女のデビューが異常に叩かれていることに気がついた。

Yahooのコメント欄などはほんとうにひどいバッシングの嵐なのである。

それは彼女自身に対するものだけではなく、妹のKokiや、親である工藤静香、キムタクにも向けられていた。またその叩き方がひどい。まるで言葉の集団リンチといえるようなものなのである。

いったい彼らが何をしたのか?と、僕は素直に思った。

というのも、僕はジャニーズにも、工藤静香にも、彼らの子供たちにもそもそもほとんど興味がなかったからだ。

ただ、興味はなかったが、キムタクにも工藤静香にも特に悪い感情は持っていなかった。二人ともかっこいいな、美男美女のカップルだなと思っていたくらいである。僕にとってそれ以上でもそれ以下でもなかった。

ただタレントとしては二人とも嫌いではなかったから、今回の悪意に満ちた集団バッシングにはほんとうに驚いてしまったのである。


それで、改めてCocomiをインスタグラムで検索してみたら、自分が思っていた以上に可愛かったのである(単純ですが、笑)。

なんとなく腹が立った僕は、即座にフォローしてしまった(笑)。ついでにKokiもフォローしてしまった(笑)。

まあ嫌いになる理由はさまざまあるのだろうけど、僕は直感的に今回のCocomi報道に日本人特有の集団イジメ体質を見た思いがしたのだった。正直またか、という感じである。僕は日本人であることに誇りを持っているが、この集団イジメ体質だけは大嫌いである。これだけは同じ日本人として恥ずかしいとさえ思う。

なんで寄ってたかっていじめるのだろう?いいじゃないか、可愛いじゃないか。挑戦?けっこうけっこう。ダメなら自然と消えていくよ。それほど世の中甘くはないよ。

というわけで、オジサンは彼女らを応援することに決めたのだった(笑)。

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神棚に手を合わせる  

僕自身は無宗教の家で育ったのだが、40才を過ぎてから神道のよさに目覚め、今では自宅に神棚を祭っている(簡易版ですが)。もう10年ほどになる。

神道のよさはいろんな意味で縛りがないことである。僕が毎日やっていることといえば、神棚の榊と水玉の水を交換することぐらいのもの。そして、パンパンと2礼2拍手1礼するだけ。氏神様への参拝も気が向いたときだけといういい加減さである。

だが、うちの息子は神棚に向かって手を合わせる僕の姿を幼い頃から見ているから、神様にも自然と手を合わせることができる子に育ってくれた。これは親として本当に嬉しいことだ。彼が大人になって何を信仰しようともそれは彼の自由だが、目に見えないものに感謝し、手を合わせる気持ちだけはずっとなくさずにいてほしいと思う。

子供が手を合わせる姿は欲がないゆえに美しいと思う。

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障害の子に障害と言えた日  

たとえ自分の子供であっても、障害のある子に「障害」という言葉を使うのは大変に勇気のいることである。実のところ、それはほとんど恐怖といってもいい。つまり、その言葉によって子供を傷付けてしまうのではないかという恐怖が常に隣り合わせに存在しているからだ。

だが僕は息子が生まれたときからずっと彼が障害を持っていることを恥じないで生きてほしいと願い続けてきた。だから、僕はまず親であるこの自分が子供の障害を恥じることがあってはならないと常に自らを戒めてきたのだった。そして実際、僕が障害を持つ子供を持つことを恥じたことは一度もない。いやむしろ、その反対に彼のようなすばらしい子供を授かったことをずっと誇りに思ってきたくらいである。それに、ほんとうに、彼は健常者である僕や妻よりも人格が高かったのだ。

だから、僕はいつかは・・・とその機会をうかがっていた。いや夢見ていたと言ったほうがいいかもしれない。彼に対して何の気兼ねもなく「障害」という言葉が使える日が来ることを・・・。

だが、意外にもその日は自分が思っていたよりもずっと早く、そして唐突にやってきたのだった。

彼は普段から冗談を言ったり、ユーモラスな動きで僕にちょっかいをかけてくる(笑)。それは、おそらく他人が見たらびっくりしてしまうほど親密でおかしな光景なのだが、たびたびそれが度を越してしまうほど彼のテンションが上がってしまうのである。ひとたび息子のスイッチが入ったらもう止まらない、といったような感じだ(笑)。

まさに吉本芸人も真っ青になるくらいのギャグ、一発芸に近いノリで「パパ、見て!」「パパ、見て!」と僕にグイグイ迫ってくる。最初は笑っていても、いいかげん僕も疲れてきて「はい、はい、わかりました」「もういいから、いいから」という感じになるのだが、彼は簡単にはやめてくれない。

それであるとき僕は彼に「おまえ障害か?」「あっ、障害だった・・・」と一人でボケ、つっこみをかましてしまったのだった。(ちなみに彼は手に障害を持つ「身体障害」なのだが、僕は「知的障害か?」と言下に言おうとしたのだった。一般社会ではNGですね、笑)

一瞬やばかったかな?と僕は思った・・・。

だが、彼は大爆笑!それ以降、彼はテンションが上り過ぎると自分から「障害?」と言うようになり、僕が「うん、障害」と返すという漫才さながらの受け答えが繰り返されるようになったのである。これには嫁も苦笑いだ(笑)。

そして、もうそれからは彼の手の障害のことを特別気にかけることはなくなった。親子共に真正面からそれについて話せるようになったのである。

もう障害をかわいそうと思うのはやめよう。彼は立派に成長してくれた。ありがとう、息子よ。

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走る子供  

世の中コロナウィルスで殺伐とした雰囲気なので、今日も息子の子育ての頃の楽しい思い出に浸ってみようと思う(笑)。

今思い返すと、ウチの子が他の子供たちと大きく異なっていることがいくつかあった。そのうちの一つが幼児期の頃の彼は、とにかく走って走って走る子供であったということだ。

というのも、よちよち歩きができるようになるやいなや、彼は歩くことをすっ飛ばして突然走り始めたからである。

たとえば嫁と一緒にスーパーに買い物に出かけたとする。外出するときは、ほぼ100%僕が彼を抱いていたのだが、彼を地面に降ろした瞬間、彼は走り始めるのである。もちろん幼児だから目的地は不明である(笑)。で、僕はそんな彼をよほどの事がないかぎり引き止めることはしないで、危険を避けるために彼の後ろをただひたすら追いかけ続けるのである。

そんなわけでスーパーならば、とにかく他のお客さんの間を縫って店内の通路をグルグルと何周もさせられる羽目になる。その間、ウチの嫁さんはゆっくりお買い物というわけである。僕の記憶にある限り、彼は自分から止まるということはなかったので、嫁の買い物が終わるまで延々とそれは続くのである。いったいスーパーの中を何周させられたことか・・・(笑)。

もちろん場所はスーパーだけにとどまらない。公園だろうが、旅行先だろうが、どこに行こうと、僕は彼の後ろをただ無心で追いかけ続けた。

だから外食に出かけたとしても、彼はじっと座っていることができずに、すぐに椅子から降りて走り始めるのだった。だから、彼の幼児期には、僕と嫁が交互に彼のうしろを追いかけ、3人が一緒に食べるということがなかったほどである。

こんなに走る子だったので、大きくなったらきっと足が速い子になるんだろうなと漠然と思っていたのだが、実際その通りになった。小学校最後の持久走大会で、彼はぶっちぎりの1位になったのだった。

というわけで、お子さんをお持ちの方は、できるだけ自由に走らせてあげることをおススメします(笑)。

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休校もいいね  

僕は心情的には全国の学校を休校措置にしたのには反対だったが、いざ実際に始まってみると人間それなりにその状況に順応してゆくものだと思う。

もう今さらとやかく言っても始まらないから、とにかくいかにして息子に楽しませてやるか、充実した休校にしてやるかばかりを考えている今日このごろなのだ。


まず僕が一番心配していたのは運動不足である。

例にもれず彼が所属しているサッカーチームは練習を自粛した。そしてもちろん学校がないから自主的に何もしなければ家の中に籠りきりになってしまう。これは子供にとって大変よろしくない。

だから僕は意を決して夜勤明けに毎日息子を運動させるため、外に連れ出すことにしたのだった。だが、実は体力のない僕は、最初そんなことオレにできるだろうかと心配ばかりしていたのである。

だけど、実際やってみたらなんのことはなかった。

なによりも息子と二人出かけること自体がとても楽しかったからだ。僕だけでなく、息子も見ていてほんとうに楽しそうにしている。いつものように行き帰りずっとしゃべりっぱなしだ(笑)。

さてその内容だが、今のところは運動不足を補うために、毎日5Km以上のランニングをメインにしている。あとはサッカーのボール蹴りを少し。時間的制約もあるので、毎日約1時間が限度という感じだが、嫁も休みの日は僕に代わって連れ出してくれている。

夜勤生活をしている僕にとっても、太陽の光を浴びるのはきっといいことだと思う。


あとは勉強・・・。英語はもう中学1学期分はクリアしたのだが、まだまだ時間が余っている感じだ。というわけで、これからは算数も参考書を買ってきてやらせることにしている。基本的に我が家は自学、自習のスタイルだ。

運動、英語、算数。あとはこの機会に家の手伝いも覚えさせて、残った時間はゲームやってもいいよという感じでいこうと思っている。メリハリさえつければ、家に子供がいるのは安心だし、とても楽しいものである。いいじゃん、休校(笑)

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お風呂での対話  

今思い返しても、息子の子育て期間(特に幼児の頃)は、僕の人生の中で最も輝きに満ちたすばらしい日々であった。

中でも特に記憶に残っているのは、彼と一緒にお風呂に入ったときのことである。

生まれたばかりの手のひらに乗るような頃から、10才ぐらいまでだろうか、僕は家にいるときには必ず彼をお風呂に入れた。


彼と二人湯舟につかり、至近距離で向かい合い、目と目を合わせる。

彼が話せるようになるまでは、僕が一方的に彼に話しかけた。

何を話していたのかは今となっては思い出せないのだが、とにかく彼の目を見ながらいろんな事を話したものだ。

そのうち、彼が少しずつ僕の話に答えるようになり、ついには彼が話すことのほうが多くなっていった。僕は、うんうんと頷くことのほうが多くなった。


彼は今小学6年生、12才になった。彼とお風呂に入ることもほとんどなくなった。

だが、彼は親になんでも話をするとても話し好きな子供に育ってくれた。

僕が家にいると、とにかくそばに来ていろんな事を話してくれる。ほんとうによくしゃべる。時にはうるさいほどに(笑)。家では無口な僕とはまるで大違いである(笑)。

それにしても、なんでこんなおしゃべりな子に育ったのか・・・。

やはり僕は幼い頃からお風呂で親密な対話を繰り返したことが、かなり影響しているのではないかと今になって思っている。

物言わぬ幼な子の美しさ・・・それはもう比べるもののないほどである。

ああ、あの日々が懐かしい。

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